ポンコツ公務員の叫び

23歳、社会人1年目(県庁職員)の僕の思いを自由に叫びます。叫ぶ内容は僕の趣味(ファッション、サッカー)や仕事のこと、考えや本音など様々です。たまにイタい内容もあるかもしれません。

僕の考え方はおかしいのかもしれない

どうも、ヒロシです

最近結構飲みに行く。いや、以前もそれなりに飲みには行ってたんだけど、最近は仲の良い友達だけでなく、職場の人やあまり会っていなかった知人とも飲む。

アルコールが入ると、僕は饒舌になる。普段はそんなに口数が多い方ではないけど、酒の力は偉大で、僕は結構自分の思ってることを喋るようになる。その中で僕はしばしば、自分の感覚が少しズレていることに気づかされる。

 

結婚式が理解できない

9月に友人が結婚式をするらしい。その友人は中学校の同級生で、ずっと一緒にサッカーやフットサルをやっていた。つまり、なかなか仲は良い。その友人から結婚式に招待されることになったのだ。でも僕はその結婚式が面倒で仕方がない。

結婚式って参加はあくまで任意という形式であるものの実質強制の招待状を送り付け、参加者から3万をかすめ取って自分達の幸せを祝わせるという謎の行事だ。しかも結婚式は土日のどちらかに行われることが多い。つまり、大金を徴収され、休みを潰される行事だ。まじで謎でしかない。

 

花火大会が理解できない

夏の風物詩である花火。世の中の人の多くは花火大会でテンションが上がるらしい。でも花火って騒音と光と二酸化炭素だ。夏の夜だから虫も多いし、当然人も多い。暑くて人が多いから他人の汗がついて汚い。何が良いのか分からない。地元の花火大会とかだと知り合いに会うリスクもある。くそだるい行事にしか思えない。大量の人間が騒音と光と二酸化炭素の集合体に興奮している、その状況に僕は違和感を抱いてしまうのだ。

 

手作りの弁当が理解できない

社会人になってから、昼飯は僕の数少ない日々の楽しみだ。県庁に勤めているから大きい食堂があるんだけど、僕は絶対に外に出て飯を食う。昼休みに外に出ることは良いリフレッシュになるし、外の定食屋の方がうまい。

でも結婚している上司の中には、奥さんの手作り弁当を食べてる人も多い。これが僕は理解不能だ。なんで1日の数少ない楽しみである昼飯を冷めた弁当で済まさなければならないのか。「愛情が〜」とか反論が聞こえそうだけど、「愛情=うまい」とは言えない。たとえ愛情がこもっていても冷めた弁当だから、そんなにうまいわけがない。プロが作った温かい定食の方がうまいに決まっている。

たぶん節約のためもあるんだと思う。でもストレスの溜まる仕事をしている中、僕だったら昼飯くらいは好きなものを食いたい。冷凍食品と晩飯の残りでできた弁当なんて絶対に嫌だ。僕は社会人になって飯がいかに大事か身に染みて感じるのだ。

 

誕生日を祝う風潮が理解できない

誕生日って結構1年の中で大きめなイベントらしい。だからSNSでやたら誕生日アピールをしている人もいる。でもこれも理解不能。誕生日って生きていれば絶対に1年に1回訪れるもの。今の若者は半分以上が90歳まで生きると言われているのに、なぜ年を1つ数えることにそんなに躍起になるのか。しかも他人の誕生日なんて自分にとってただの平日でしかない。他人にとっては非日常でも僕にとってはただの日常なのだ。

 

とまぁ他にも多々あるけど、こんなことを理論的に酒の場で喋ると、周りの人、特に女の子からはかなりバッシングを受ける。で、いつも言われるのは「そんなんじゃ彼女出来ないよ」だ。

女の子と付き合うということは、自分の中ではおかしいと思っていることを甘んじて受け入れ、自分の考えを殺しながら日々を過ごすことみたいだ。僕は彼女のいない時間が長すぎて、いろいろと拗らせてしまっているのかもしれない。