One Style depot.

ミニマルライフを目指す24歳社会人2年目のヒロシが、ファッション・ライフスタイル・考え等の様々な"style"を綴る雑記ブログ。

【暇とは】自宅でひとりでできることは「用事」なのか問題

「〇〇日って暇??」

みたいな感じで食事や遊びに誘われることってありますよね。

これに対して僕は思うことがあるのです。

「『暇』とは何なのか」

ということ。

例えば、自分の中でその日は人と会う予定はないけど、家で読書をしたり映画を見たりしようと思っていたら。

それは果たして「暇」にあてはまってしまうのか。

つまり、休日に自分ひとりで、しかも家の中で完結することは、果たして「予定」と言えるのかということです。。

暇とは何なのか

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「暇である」ということを定義するならば、「特にやることのない状態」を指すことについては異論はないでしょう。

つまり、「特にやること」に「家の中でひとりで完結すること」があてはまるかが重要なファクターになりそうです。

自宅でひとりですることも立派な用事

個人的には、自宅でひとりでできる、読書や映画鑑賞も「用事」と言えると思います。

それだって、娯楽として、また教養として自分の中に蓄積されるものですから。

つまり、自分が大事だと思えるなら、それは立派な用事にあてはまると思うんです。

「暇だから仕方なく」か「時間に余裕があるからこそ」か

基本的には先ほど書いた通りなのですが、読書や映画鑑賞を「暇だから仕方なく」やるのか、「時間に余裕があるからこそ」やるのかによっても変わってくると思いますね。

「時間があるから仕方なく」やっている場合は、「仕方なく」と言っているくらいですから、読書や映画鑑賞の、自分の中の優先順位は非常に低いですね。

一方、「時間に余裕があるからこそ」の場合は、自ら主体的に一人の時間を楽しみたいというニュアンス。

自分の中での優先順位が高く、重要な時間であるという感じがします。

つまり、一人の時に読書や映画鑑賞を「仕方なく」やる場合は「暇」であり、優先的にやる場合は「暇」ではないと言えると思います。

でも他の人からは分からない

でもこれって自分以外の他の人からは見えない、分からないんですよね。

だから、

「〇〇日暇?」

と聞かれた時に、

「読書をする予定があるから暇じゃない」

と答えると、相手は不満なのです。

自分の中で読書が大事なものでも、その価値観が相手からは見えないため、共有できないから。

個人の価値観を受け入れるべき

自分が誘った時に、「読書」という予定を理由に断られたら。

結構不満だし、ショックですよね。

でもその人にとっては読書はとても大事なんだと理解してあげて下さいよ。

また、その人の中では自分は「読書」以下であることも噛み締めてくださいよ。

多分、本当に会いたい人から誘われたら、好きな読書をすっぽかします。

まぁ好きな人から誘われても気分が乗らない時もあるので一概には言えませんが。

まぁでも個人の価値観を受け入れるのって大事ですよ。

僕だったら、「家でやりたいことがある」と伝えて誘いを断った時に怒る人とはもう付き合いたくないです。

僕は自分が一番大切な人間なので(笑)。